( 2017.1.31)
● 中国で高病原性が蔓延
確かに今季の流行は、いくつもの点で従来とは異なっている。例えば、発生の時期だ。
致死率の高い高病原性鳥インフルエンザウイルスに限って言えば、日本で79年ぶりにウイルス感染が見つかったのは、年が明けた04年1月中旬、山口県の養鶏場でだった。06~07年のシーズンも、10~11年も、ほとんどが渡り鳥の飛来からしばらくたった年明けに感染が広がった。
ところが、今回の鳥インフルエンザの出現は、16年11月下旬から12月にかけて立て続けに七つの養鶏場に及んだ。
京都産業大学鳥インフルエンザ研究センター長の大槻公一教授は、出現時期の変化をこう読み解く。
「ウイルスが蔓延している中国からシベリアへ帰る渡り鳥によって、高病原性ウイルスがシベリアの営巣地を汚染している可能性が高い。だから翌年、シベリアから日本に渡り鳥が飛来して、すぐに野鳥に感染してウイルスが広がったのではないか」
元々、鳥インフルエンザはシベリアに常在するウイルスで、渡り鳥であるカモの腸管に宿っている。カモは無症状で南方に飛来し、そこで鳥の間で感染を繰り返すうちに病原性を身に着けたウイルスに変異する。中国南部で生きたままの家禽を売り買いするライブ・バード・マーケット(生鳥市場)が、ウイルスの変異の温床と目されている。その中国で蔓延した高病原性のウイルスが、シベリアをも汚染しているというのだ。
大槻教授の推理を裏付けるように、国立研究開発法人「農業・食品産業技術総合研究機構」が、青森県と新潟県の養鶏場のウイルスを分析したところ、15年に中国で流行したH5N6型のウイルスを先祖に持つものであることが明らかになっている。中国に定着したウイルスの子孫が、渡り鳥を経由して日本に出現したことになる。
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●韓国は殺処分3千万羽
日本では、今年1月24日までに九つの養鶏場で感染した鶏やアヒルが見つかり、約130万羽が殺処分された。野鳥などへの感染も深刻で、1月25日現在で18道府県186件(フンや水検体も含む)に達する。
韓国は、さらに深刻だ。16年11月以来、3千万羽を超える家禽が殺処分されている。これは韓国内の家禽の5分の1に相当し、卵や鶏肉の不足が社会問題に発展している。韓国で猛威を振るうウイルスもまた、日本と同じ中国が先祖だ。
とはいえ、自然界の出来事なので、中国の責任を追及するわけにもいかないのではないか? ところが、鳥インフルエンザウイルスの研究に長年従事している北海道大学の人獣共通感染症リサーチセンター統括の喜田宏特任教授に疑問をぶつけてみると、意外な答えが返ってきた。
「いや、中国の責任じゃないとは言っていられない」
喜田教授が指摘するのは、中国が家禽を対象として奨励している鳥インフルエンザのワクチンだ。
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● ワクチンが変異を促進
日本では、鳥インフルエンザウイルスの感染が明らかになった養鶏場では、その養鶏場の鶏すべてを殺処分することが家畜伝染病予防法によって定められている。財政的な補填は国からなされるものの、養鶏場の経営者には風評被害や殺処分という大きな負担がのしかかる。ワクチンで防疫したほうが合理的だとの要望が日本の養鶏関係者から噴出したこともある。
だが、それを頑なに拒否し、殺処分による摘発・淘汰を貫いたのが、当時、農林水産省の家きん疾病小委員会の委員長だった喜田教授だ。
「ワクチンを接種した場合、家禽はウイルスに感染しても発症することはないが、少量ながらウイルスを排泄する。知らないうちにウイルスを蔓延させてしまう」
それだけではない。ワクチンによって抗体を持った鶏のなかで、ウイルスの変異が促されてしまうというのだ。
農水省のホームページには、中国政府が各自治体に向けて発したワクチン施策についての文書が掲載されている。ワクチン接種を推奨し、その費用は国や地方行政が補助することが明記されている。
喜田教授は、家きん疾病小委員会の委員長だった07年ごろ、国際獣疫事務局(OIE)に対して、中国、ベトナム、エジプトなどのワクチン使用を抑えるよう意見具申した。その結果OIEは、まずは殺処分などの摘発・淘汰の原則を優先するよう指導したが、中国だけはワクチン優先策を変えていないようだ。
鳥インフルエンザの蔓延が新型インフルエンザのパンデミックの危機を招き、その一因が中国のワクチン政策にあるとしたら、中国の責任は重大だ。
1月22日、ショッキングなニュースが舞い込んできた。香港衛生防護センター(CHP)が、旅行シーズンの春節を前に警告を発する文書を流したのだ。
これによると、中国本土では今季、16年末までにH7N9型の鳥インフルエンザウイルスに感染した人が112人に達しただけでなく、今年1月には111人が新たに加わるなど急増しているという。かつてない異常事態に中国本土を訪れた旅行者へ生鳥市場などには近づかぬよう注意を促している。
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● イヌやネコへの感染も
中国では13年以来、H7N9型の感染者が累積で1千人近い。死亡率は4割前後と言われているが、今季の感染者は、かつてない勢いで増えている。
世界中の鳥インフルエンザ情報を集めて掲載しているサイト「パンデミックアラート」によると、日本で流行していH5N6型鳥インフルエンザウイルスも、中国では14年以来、17人の感染者がいて、うち9人が死亡している。
ただ、喜田教授によると、本来ヒトには鳥インフルエンザウイルスを受け入れる受容体がないので、感染した人は、のどなど上部気道に鳥型の受容体を持つ特異体質の人に限られる、と分析する。確かに感染例をみると、感染した家禽をさばいたり調理したりする濃厚接触者が大多数を占めていて、ヒトからヒトへの感染例は親きょうだいや子どもなど同じ遺伝子を持つ近親者がほとんどだ。
だが、安心はできない。ウイルス遺伝子の特定部分が少し変異するだけでヒトへの感染を獲得する可能性も指摘されている。
日本でも野鳥の被害が深刻だが、海外ではイヌやネコへの感染も確認されている。死んだ鳥やフンには近づかないことだ。飼っているネコやイヌが死んだ鳥に触れないよう気をつける必要がありそうだ。